イタリア関連① ポンペイ遺跡/Pompeii Travel Guide: Walking Through the Ancient City Frozen in Time by Mount Vesuvius

 ポンペイとは

今から約2000年前、西暦79年のことです。
当時の日本は弥生時代。卑弥呼で有名な邪馬台国が登場する少し前の時代です。
その頃、イタリア南部にあった都市ポンペイ遺跡 は、地中海交易で栄える活気ある街でした。

しかし ヴェスヴィオ山 の大噴火によって、街は 火山灰・火山礫・有毒ガス に覆われ、一瞬で埋没しました。
逃げる間もなく、日常は突然終わったのです。

そしてその悲劇が、皮肉にも “奇跡的保存” を生みました。
ポンペイはただの遺跡ではありません。人々の生活がそのまま止まった都市です。

この投稿では、実際に歩いて見てきた場所の中から印象に残ったものを抜粋して紹介します。

☆スタビアーネ浴場


ポンペイで最も古い公衆浴場で、紀元前2世紀ごろに建設されたと言われています。
・高温浴の カリダリウム
・男像が並ぶ テピダリウム
などがありました。

床下暖房システム(ハイポコースト)
床の下に空間があり、そこに熱い空気を流して部屋全体を温める仕組みです。
→ すごく感動。昔の人かしこすぎます!!
→ 現代の床暖房の原型になっているんですね

Bronze brazier(ブロンズ製火鉢・暖房器具)
中に炭火を入れて室内を暖める 可動式ヒーター
浴場には床暖房(ハイポコースト)があるけれど、補助的にこうしたブレイザーも使われていたそうです。

ガイドさんの話より
青銅製(ブロンズ)の牛の脚は、家具の装飾としてよく使われていた
→ ローマ人は動物の力強さをインテリアにも取り入れていた

参考
https://pompeiiinpictures.com/pompeiiinpictures/R7/7%2005%2024%20p4.htm

→ VII.5.24 ポンペイ(2007年12月) テピダリウム(温浴室)の南端にあるブロンズ製ブレイザー(火鉢)〔番号38〕

紀元1世紀中頃、マルクス・ニギディウス・ウァックラ
・ブロンズ製ベンチ3台
・ブロンズ製ブレイザー1台
を寄付しました。

さらに彼は、スタビア浴場にも同様のブレイザーを寄付しています。
Vaccula = 小さな牛
claw foot(爪のある脚)=ライオンかな?


☆名誉のアーチ

ポンペイ遺跡 のフォロ北側、ジュピター神殿 の両脇には、かつて大理石で装飾された2つのアーチが建っていました。

東側のアーチはカリギュラ に捧げられたものでしたが、彼の死後に取り壊され、現在は基壇のみが残っています。一方、西側のアーチはドゥルーゾ に捧げられたもので、紀元62年の地震で倒壊した後、再建・再装飾されたことがレリーフから確認されています。

また、フォロ東側の出口付近には別のアーチも存在し、上部には水槽が設けられ、周囲の泉へ水を供給していました。ここにはユリウス=クラウディウス朝の皇帝像が並び、おそらくゲルマニクス に捧げられていたと考えられています。

さらに、ティベリウス の時代には、メルクリオ通りをまたぐ形で新たなアーチも建設され、皇帝崇拝に関連する建築群の一部を構成していました。 


※ネロ帝凱旋門?

フォロ北側のアーチの一つはネロ帝に捧げられていたとされ、彼の死後(紀元68年)に取り壊された可能性が指摘されている。研究によれば、これは皇帝の記憶を消す意図によるものだったとも考えられており(italyguides.it)、ローマにおける「ダムナティオ・メモリアエ(記憶の抹消)」の一例として捉えることもできる。  

参考:pompeii.uk/Arches/Arch Nero.htm?utm_source=chatgpt.com 

                                            

☆フォロの浴場


ここに来ると、約2000年前に床暖房と壁暖房の仕組み があったことが分かります。

壁の筋は、温まった蒸気が天井で水になり、それが壁に沿って下に流れるようにする工夫だそうです。

ちなみに水は水道橋 → 水道管で運ばれていたそうです

フォロの浴場はジュピター神殿の後ろ に位置し、将軍 シッラ によってポンペイがローマの植民都市となった 紀元前80年頃 に建設されました。

入口は婦人用と男性用に分けられていました。

男性区画は
・アポディテリウム(脱衣場)
・テピダリウム(中温の風呂)
・フリジダリウム(低温の風呂)
・カリダリウム(高温の風呂)
という構造。
ポンペイの多くの建物と同様に紀元62年の地震で大きな被害を受けています。
現在の姿の多くは、その後の修復によるものだそうです。

装飾も素晴らしく、
・テラコッタ製の テラモン像
・スタッコ装飾の ヴォールト天井
などが見られます。

婦人区画はより小さく、噴火当時は修復中だったそうです。

男性入口付近では500個以上のカンテラ(ランプ) が発見されています。


☆石膏体(せっこうたい)


西暦79年、ヴェスヴィオ山の噴火により

・人々は火砕流に巻き込まれ
・軽石などの 火山礫
・高温の 有毒ガス
・大量の 火山灰

によって街は覆われました。    やがて遺体は分解されます。

しかし、灰の中に 人の形の空洞 が残りました。

19世紀、その空洞に 石膏 を流し込むことで亡くなった瞬間の姿が再現されました。

体を丸め、顔を覆い、苦しみから身を守ろうとする姿。

これは彫刻やミイラではなく、
火山灰・火山礫・有毒ガスの中で命が止まった瞬間を写し取ったものです。

とても印象に残りました。


☆キッチン(テルモポリウム)

古代ローマ版 ファストフード店。この四型カウンターは遺跡内に沢山ありました。

ポンペイ遺跡には

・居酒屋
・レストラン
・高級住宅

など様々な建物があり、キッチンを備えた場所も多く存在していたそうです。

写真でガイドさんが立っているところに料理人が立ち、スープなどを振舞ったそうです。



☆悲劇詩人の家


玄関先の床には犬のモザイク画

足元には「CAVE CANEM(猛犬注意)」という警告文があります。

この家はアトリウム形式の住宅で洗練されたモザイクや壁画で有名です。

壁画には
・テセウスに捨てられたアリアドネ
・キューピッドの売り
などが描かれています。

壁画とモザイクのオリジナルはナポリ考古学博物館 に保存されています。

またこの家はエドワード・ブルワー=リットンの小説『ポンペイ最後の日』(1838)でも有名になりました。

食堂にはギリシア叙事詩 「イーリアス」 の場面が残っているそうで、悲劇詩人の家と呼ばれる理由が伺えます。世界史で習った内容なので、とても嬉しくなりました笑。

ちなみにこの犬の床絵は、ジョジョの奇妙な冒険 にも登場します。


☆パン屋

※ピザ窯ではない

最初に建てられたのは 紀元前2世紀。紀元62年の地震の後、修復工事の際にパン屋へと作り替えられました。
ガイドさんによると、蜂蜜やナッツを使った焼き菓子 も存在していたそうです。

ローマ人はパンを非常に重視していました。
→ 市民を満足させるために必要なもの
地上階は仕事場で、オーナーは上の階に住んでいたと考えられています。
有名な言葉:「パンとサーカス(Panem et Circenses)」

ポンペイでは30以上のパン屋跡 が発見されています。
施設には
・大きなパン窯
・溶岩石の巨大な石臼
・水桶
がありました。
石臼には木の棒を差し込み人またはロバの力で回して製粉していたそうです。
家畜小屋からはラバの骨 も発見されています。

ちなみに、写真の窯上部の縦長長方形は神棚だそうです。


☆横断歩道

ポンペイ遺跡の道路には、一定間隔で配置された石(飛び石)が見られます。
これは現代でいう
横断歩道のような役割
を持つもので、「横断舗装」と呼ばれています。

役割は主に3つ。

① 雨や汚水を避けるため
当時のポンペイでは、
道路の中央に水(雨水・生活排水)が流れていた
下水設備はあったが、完全ではなかった
そのため、人々はそのままでは道を渡れません。
👉 飛び石を使って、濡れずに安全に渡るための工夫

② 交通と歩行の分離
ポンペイでは馬車が主要な交通手段でした。
車輪は道路を通る
人は飛び石の上を歩く
👉 車と人の動線を分ける役割

③ 車輪の通行を考えた設計
飛び石の配置は適当ではなく、
石と石の間隔は馬車の車輪幅に合わせて設計されている
👉 車はその間を通り抜けられる
つまり
歩行者:石の上
馬車:石の間
という非常に合理的な設計になっています。

参考:ポンペイ門外道路の縁石に関する考察/九州大学


☆おまけ2選

①見えますか??(笑)

①フォロ浴場のアポディテリウム(脱衣所)では、壁の装飾が人の顔のように見える場所があり、思わず見上げてしまいました。高い位置の窓から差し込む光によって、その表情が浮かび上がるように見えるのが印象的でした。

場所特定参考資料:pompeiiinpictures.com/pompeiiinpictures/R7/7 05 24 quickie.htm?utm_source=chatgpt.comの、VII.5.24 Pompeii. August 2021. Looking south across apodyterium or changing room (14).

☆参考文献

・大部分がガイドさんの話をメモしたり、会話を通して学んだものです。

・投稿文中に載せなかったその他の引用文献。多用しました。

https://pompeiisites.org/wp-content/uploads/Pompeii_JA.pdf

※イタリア関連投稿の写真は、すべて私が現地で撮影してきたものです。例外があれば、そのサイト内に写真や地図の引用先を貼っています。

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